瞑想以外で無になるには

ここ最近の私は、

「無理に頑張る」

「やらなきゃ」をやめて

無になれる瞬間を探すことに

集中している。

よく「無になる瞬間」って

瞑想・ヨガ・サウナ…etcが挙げられる。

でも私にはこれらがあまり合わなくて

「無になる感覚」っていうのが

イマイチよくわからなかった。

———–🌷———–🌷———–🌷———–🌷———–

そんな私が最近気づいた、

自分が無になってる瞬間。

  • 好きな人に抱きしめられながら、横になっている時
  • 映画館で映像や音楽に圧倒された時

いつからか、

これら瞬間を無意識に

再現しようとしていた。

「なぜこんなにも、その瞬間を求めてるんだろう?」

そう問いかけて、導かれた答え。

この瞬間だけは

  • 誰の共感や評価も必要なく
  • 真横で大地震や戦争が起こっていたとしても関係なく
  • 全身がその瞬間に溶け込んでいて、感情すら湧き起こらない

その瞬間に圧倒されているというか

心酔して溶け込んでる。

これこそが私にとっての「無」であり

一番自分と一体化したような瞬間だった。

感情や思考が消えて、

圧倒的なその瞬間への没入感。

これがショーペンハウアーが言う

「意思の沈黙」状態なのかもしれない。


「意思の沈黙」とは、人間の絶え間ない欲望や衝動(意思)が静まり、苦悩から解放された平穏な境地を指す。人生の苦しみは意思によって生じるため、その意思が沈黙することで安らぎや悟りが得られる。

ショーペンハウアー「意思の沈黙」

———–🌷———–🌷———–🌷———–🌷———–

それに気づいてからは、

その状態への「入り口」を探して

少しずつ増やしている。

例えば、

好きな香りに酔う瞬間。

惹かれる香りにちょうど先週出会ったので

部屋の中でも香るようにしている。

そして、音楽。

ショーペンハウアーは

クラシックを聴くことで

意思の沈黙状態になっていたそうなので

最近ではよく聴いていたpopsだけでなく

これらの音楽を生活に取り入れている。

アラベスクは昔、

ピアノの発表会で弾いた曲だった。

ピアノの先生が選曲の時に

この曲どう?って弾いてくれたんだけど

その瞬間、心酔したことを思い出した。

迷わずこの曲を選んだ。

ジブリの曲の中でも

ハウルのこの曲が一番好きかもしれない。

これを聴きながら街を歩くと

映画のワンシーンに入り込んだような

不思議な感覚になる。

一方下がって当たり前の日常を

客観的に見るような

街の中がプラモデルのように見えるような

そんな感覚に陥る。

などなど、こうやって音楽に

入り込んだりもする。

———–🌷———–🌷———–🌷———–🌷———–

他にも、

心酔するほどではなくても

自分が嬉しい・気持ちい瞬間を

日々増やしてく。

そうすると想像もしないところに

「無になる瞬間」を見つけたりする。

こうやって自分の中に入り込んで

探求する過程はとても楽しい。

外側(収入・仕事・外見..)に

幸せを探していた頃は、

終わりのない蟻地獄だった。

しかし、自分と向き合うのは

終わりのない宝石探しのようなもの。

自分の中からザックザクと

宝石やそのカケラが見つかる。

自分にとっての「無」の状態が

何かわからない場合は、

無理に瞑想したりサウナに行かなくて良い。

いっそ「無」っていう単語を

頭の中から消したほうが良いかも知らない。

一瞬でもその瞬間に圧倒され

溶け込むような

そんな心酔できる時間が

あなたにとっての「無」の状態である。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です