ここ最近の私は、
「無理に頑張る」
「やらなきゃ」をやめて
無になれる瞬間を探すことに
集中している。
よく「無になる瞬間」って
瞑想・ヨガ・サウナ…etcが挙げられる。
でも私にはこれらがあまり合わなくて
「無になる感覚」っていうのが
イマイチよくわからなかった。
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そんな私が最近気づいた、
自分が無になってる瞬間。
- 好きな人に抱きしめられながら、横になっている時
- 映画館で映像や音楽に圧倒された時
いつからか、
これら瞬間を無意識に
再現しようとしていた。
「なぜこんなにも、その瞬間を求めてるんだろう?」
そう問いかけて、導かれた答え。
この瞬間だけは
- 誰の共感や評価も必要なく
- 真横で大地震や戦争が起こっていたとしても関係なく
- 全身がその瞬間に溶け込んでいて、感情すら湧き起こらない
その瞬間に圧倒されているというか
心酔して溶け込んでる。
これこそが私にとっての「無」であり
一番自分と一体化したような瞬間だった。
感情や思考が消えて、
圧倒的なその瞬間への没入感。
これがショーペンハウアーが言う
「意思の沈黙」状態なのかもしれない。
ショーペンハウアー「意思の沈黙」
「意思の沈黙」とは、人間の絶え間ない欲望や衝動(意思)が静まり、苦悩から解放された平穏な境地を指す。人生の苦しみは意思によって生じるため、その意思が沈黙することで安らぎや悟りが得られる。
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それに気づいてからは、
その状態への「入り口」を探して
少しずつ増やしている。
例えば、
好きな香りに酔う瞬間。
惹かれる香りにちょうど先週出会ったので
部屋の中でも香るようにしている。

そして、音楽。
ショーペンハウアーは
クラシックを聴くことで
意思の沈黙状態になっていたそうなので
最近ではよく聴いていたpopsだけでなく
これらの音楽を生活に取り入れている。
アラベスクは昔、
ピアノの発表会で弾いた曲だった。
ピアノの先生が選曲の時に
この曲どう?って弾いてくれたんだけど
その瞬間、心酔したことを思い出した。
迷わずこの曲を選んだ。
ジブリの曲の中でも
ハウルのこの曲が一番好きかもしれない。
これを聴きながら街を歩くと
映画のワンシーンに入り込んだような
不思議な感覚になる。
一方下がって当たり前の日常を
客観的に見るような
街の中がプラモデルのように見えるような
そんな感覚に陥る。
…
などなど、こうやって音楽に
入り込んだりもする。
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他にも、
心酔するほどではなくても
自分が嬉しい・気持ちい瞬間を
日々増やしてく。
そうすると想像もしないところに
「無になる瞬間」を見つけたりする。
こうやって自分の中に入り込んで
探求する過程はとても楽しい。
外側(収入・仕事・外見..)に
幸せを探していた頃は、
終わりのない蟻地獄だった。
しかし、自分と向き合うのは
終わりのない宝石探しのようなもの。
自分の中からザックザクと
宝石やそのカケラが見つかる。

自分にとっての「無」の状態が
何かわからない場合は、
無理に瞑想したりサウナに行かなくて良い。
いっそ「無」っていう単語を
頭の中から消したほうが良いかも知らない。
一瞬でもその瞬間に圧倒され
溶け込むような
そんな心酔できる時間が
あなたにとっての「無」の状態である。
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