以前は一人でいると
寂しかった私が、
誰かと過ごす時間が
増えれば増えるほど
最近は苦しいと感じる。
孤独を愛さない者は、自由を愛さない者である。なぜなら、孤独でいるときのみ、人は自由だからである。
ショーペンハウアー
この言葉が
しっくりしなかったのも
もう過去の話。
「家族だから」
「友達だから」
「同僚だから」
周囲の人はいろんな理由で
私が私の役割を全うすることを望む。
その期待に応えると
相手はそれを「権利」だと錯覚し
当然の権利のように振る舞い始める。
———–🕯️———–🕯️———–🕯️———–
関係が近ければ近いほど
私のことをわかったような
口調で語る人たち。
しずくは⚫︎⚫︎だから
私だから理解してあげてる
私のことを
わかったような口で語る。
生きているとこの種の人間は
必ず存在するし
避けられない場面もある。
そういう時、私は
苛立ちや怒りを相手に向けたり
そこに無駄なエネルギーを注がない。
「私の限界はここなんだ」って認知し
自分の限界リストに追加する。
全てを許容しなくてもいい。
限界に達したら
相手へのシャッターを下ろし
自分を整えることに注力する。
理不尽な出来事が起こった時に
外部の刺激に弄ばれるのではなく
自分の内面を鍛える材料と捉える。
———–🕯️———–🕯️———–🕯️———–

こんな人間関係だらけの
今の生活を全て放り出して
山奥にでも篭りたい気持ち半分、
まだ俗世を捨てられない気持ちも半分。
どんな状況でも、
自分を整えられる
そんな状態になるのが
最善なんだろうけど
自分はまだそこまでに達していない。
そんな私が心の落ち着きを
維持できるのは孤独の時間だけ。
生きている限り人との関係を
完全に無くすことはできない。
だから私にとって一人になること
私自身と過ごす時間が
何よりも大切で贅沢な時間。
———–🕯️———–🕯️———–🕯️———–
最後に、自分も誰かに対して
役割を全うすることを望んでいないか。
「家族だから」
「友達だから」
「上司だから」
「先輩だから」
という理由で、他人に期待していないか。
それを常に自分にも問わなくてはいけない。
そして、全ての選択や行動において
自分で責任を取る。
誰かがやってくれることを望まない。
(やってくれたらラッキー、程度に思うこと)
コメントを残す