以前は一人が寂しかった私。
孤独を愛さない者は、自由を愛さない者である。なぜなら、孤独でいるときのみ、人は自由だからである。
ショーペンハウアー
この言葉が
しっくりしなかったのも
もう過去の話。
「家族だから」
「友達だから」
「同僚だから」
周囲の人はいろんな理由で
私が役割を全うすることを望む。
その期待に応えると
相手はそれを「権利」だと錯覚し
当然の権利のように振る舞い始める。
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関係が近ければ近いほど
私のことをわかったような
口調で語る人たち。
しずくは⚫︎⚫︎だから
私だから理解してあげてる
生きているとこの種の人間は
必ず存在するし
避けられない場面もある。
そういう時、私は
苛立ちや怒りを相手に向けたり
もう無駄なエネルギーは注がない。
今限界だなって思ったら
心のシャッターを下ろし
自分を整えることに注力する。
理不尽な出来事が起こった時に
外部の刺激に弄ばれるのではなく
自分の内面を鍛える材料と捉える。
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こんなしがらみだらけの
都会の生活を全て放り出して
山奥にでも篭りたい気持ち半分、
まだ俗世を捨てられない気持ちも半分。
どんな状況でも、
整った自分でいられるのが
最善なんだろうけど
まだそこまでに達していない。
そんな私が心の落ち着きを
維持できるのは孤独の時間だけ。
生きている限り人との関係を
完全に無くすことはできない。
だから私にとって一人になること
私自身と過ごす時間が
何よりも大切で贅沢な時間。
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最後に、自分も誰かに対して
役割を全うすることを望んでいないか。
「家族だから」
「友達だから」
「上司だから」
「彼氏だから」
という理由で、他人に期待していないか。
それを常に自分にも問わなくてはいけない。
自分の心は自分で責任を取る。
誰かがやってくれることを望まない。
相手がもし何かしてくれたら、
大きな感謝を持ち
私もそれ以上の愛を注ぐこと。

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